突然ですが。
当ブログをミュージカル&映画と題打っておきながら、わたくしは幕末〜明治の歴史も大好きです。

たとえば大河ドラマでいえばこれまで「花神」「獅子の時代」「篤姫」「龍馬伝」「八重の桜」……と追い(「花燃ゆ」は沈黙)、最近はそれら幕末ドラマの先を描くスペシャル大河ドラマ「坂の上の雲」を見直し中であります。

ともかく今更ですが、「坂の上の雲」はものすごくいいんですよ。

原作・司馬遼太郎先生の高揚感溢れる文体が、すばらしい脚本と演出によってそのまま、いやそれ以上の映像になっているのです。

俳優陣も素晴らしく、阿部寛(秋山好古)とモックン(秋山真之)のボディがヤバイとか、モックンが人たらしすぎてヤバイとか、菅野美穂(正岡律)の純情がヤバイとか、香川照之(正岡子規)の切ないほどの演技が本当にスゴイとか、渡哲也(東郷平八郎)の薩摩弁ktkrとか、加藤剛(伊藤博文)のフロックコート似合いすぎでしょとか、まさかの小澤征悦が夏目金之助=夏目漱石か…!とか、藤本隆宏(広瀬武雄)の胸板よ…とか、俳優陣の体ひとつとっても到底防ぎようのない萌えの嵐です。日本を代表する老練な俳優陣が国家の首脳陣にぞろぞろキャスティングされているというのも、しぬほど燃えます。

……といった魅力はほんの一部として、「坂の上の雲」は脚本も俳優も演出もすべてすべて素晴らしいのに(さすが湯水のようにお金を使ったというだけあるけれど)、なかなか周りの人びとが「難しそう」「よく分からん」「明治の政局と戦争になんの魅力を見出せと」といって理解してくれず切ないのですが、たしかにこの男くさすぎるほど男らしく、ストイックかつロマン溢れるドラマは何かの片手間に見られるもんじゃあないとも思ったりします。

わたくし自身まだまだ歴史に詳しいわけではないので、渡辺謙の「まことに小さな国が……」の冒頭ナレには高揚感と緊張を感じます。たとえばお酒を飲みながら気を抜いて酔っ払って見ていると、劇中の明治の興奮にシンクロして「うおーーー!!」と謎のテンションになるのですが、興奮している間にふと話についていけなくなったりするので危険なのです。

しかし、それすら含めて「坂の上の雲」はいいんだよ!と今更言いたい。私は……。

とは言いながら、ストーリーの前提やいろんなものを全くスルーしまして。第1部第三話「国家鳴動」、維新三英傑後の日清戦争に向け、明治国家の重役たちがずらり登場する回−伊藤博文と陸奥宗光の夜の会談−に思ったことを、自分のTwitterから備忘録的にまとめておきます。この二人のほんのすこしの会話が素晴らしく、幕末ファンとしては非常に胸熱だったのです。


*「坂の上の雲」第1部 第三回「国家鳴動」のある一部分に寄せて

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坂の上の雲は、第1話の渡辺謙の「まことに小さな国が…」のナレで雷に打たれたようにハマったわけですが、さらに大好きになったのは加藤剛演じる伊藤博文が、陸奥宗光に対して「いまだに高杉さんに怒鳴られとる夢を見るんじゃ…」と言った瞬間でした。 

日清戦争前夜。カミソリ大臣こと外務大臣の陸奥宗光と陸軍参謀の川上操六が、急進的に出兵を要請する一方。伊藤博文は、清との戦争は日本を滅ぼしかねないと反対しています。しかしもはや抗いようがないと覚悟を決め、せめて国際的な大義名分(逃げ道)を作っておくために、陸奥宗光を呼び出した際にふっと口にしたセリフです。

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坂の上の雲の伊藤博文は、フロックコートが似合う超エレガントな御仁なんです。その伊藤が、高杉の使いっ走りだったと懐かしそうに笑って話すことで、農民出身の彼がここに至る紆余曲折の人生が浮き彫りになるという…。歴史はひと続き。その厚みこそ坂雲の魅力だと思います

陸奥と二人きりの空間で伊藤が放ったこのセリフは、陸奥宗光に向かってこそ意味のある言葉だったと思います。なぜなら陸奥は坂本龍馬と新しい日本を模索したという、伊藤と同様の経験があるから。伊藤にとっては高杉−吉田松陰、木戸孝允ら−が、陸奥にとっては龍馬が、基礎を作るに奔走した近代日本を無下にしてはならないという共通の思いがあったと思うのです。

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伊藤博文って教科書に肖像画のある「初代総理大臣」のおじいちゃん、というのが一般的な印象だけど、彼にも当然ながら青年時代−他に類を見ない強烈な先輩と友人たちに見舞われた時代−があり、その彼らを失った経験がある人物なんですよね。それをこのセリフひとつで表現するスゴさね。
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日本の近代化を強烈に夢見た高杉晋作(吉田松陰や木戸孝允)と坂本龍馬にかつてそれぞれ愛され、彼らを失った二人だからこそ、この夜の会談シーンが際立つのではないでしょうか。

もちろん川上操六も、長州とともに戊辰戦争に勝利した西郷の系譜にあるのですが、ここで伊藤が川上操六の心情に訴えなかったのはやはり薩長間の何かしらが伊藤の中にあったのかな?と思ったり。勉強不足のため邪推ですけど。西郷と高杉・龍馬とはまた別の人種だと思います。
 
ともかくも、伊藤と陸奥の会談を経て、日本の朝鮮派兵はあくまで朝鮮の独立を援助ものだという声明(=大義名分)を文書化し、清とロシアに送ることになります。日本の朝鮮派兵は侵略戦争ではないこと、戦争をふっかけられてもあくまで被害者であり、大国に潰されるいわれはないと明言し、日本を守るための方策でした。

伊藤博文が使いっ走りとして(どんな無理難題にも耐えて笑)仕えた高杉晋作、明治の廟堂に入ってからは遠ざかったものの幕末の動乱期には手足として動いた木戸孝允(桂小五郎)。陸奥宗光が愛し愛された坂本龍馬。近代日本の礎を作るために私心なく生きた人物たちの面影が、一瞬にして蘇ったようなシーンでした。


この第三話は、いまやおじいちゃんになった国家首脳陣の幕末青年時代(しかも使いっ走り時代)を感じられる回。他にも萌えどころが山のよーにあります。 こんな形で、これからも折に触れ歴史についても記事を書いていけたらと思います。